2019年10月29日

これからの入試をデザインする大局観 〜“改革”政策に惑わされないために 〜

 10月29日(火)に山内地区センター(横浜市青葉区)で開催された、FMICS 月例会(第718回例会)にて、表題のテーマで問題提起を行いました。長い事参画しているFMICSですが、振り返ってみると、月例会で単独の問題提起を行ったのは今回が初めてなような気がします。

 参加者の感想を含む月例会の記録は、毎月会員宛に発送される会報『BIG EGG』に収録されますが、せっかくなので、発表資料や自分自身が書いた内容について、一部をここに掲載します。



<開催案内に掲載したメッセージ>


 数年間にわたる高大接続改革の議論の流れを行けて、2021年度入学者より適用される大学入試改革に対しては、それが円滑に実施が出来るのか不安視する声や、導入の見送るを求める声が相次いでいます。
全国高等学校長会の意見・要望
 現行の「大学入試センター試験」の替わりに新たに導入される「大学入学共通テスト」では、国語と数学で記述式の問題が出題されることになりましたが、限られた時間的制約の中で50万人もの受験者の解答を公正かつ安全に採点できるのか懸念されるとともに、受験生による自己採点が困難であることも、1次試験としての位置づけの中では大きな課題となっています。
 英語については、「大学入学共通テスト」の中で筆記とリスニング試験が実施されるとともに、4技能を評価する民間英語資格も合わせて活用することとなりましたが、これについても50万人規模の受験生が、原則として受験年度の4月〜10月という限られた期間の中で無理なく民間英語資格を受検することが出来るのか、懸念されています。
 高校生の学習離れということが主要な問題関心に含まれていた高大接続改革の議論でありましたが、「高大接続テスト」「達成度テスト(基礎レベル)」「高等学校基礎学力テスト」などとして構想されていた仕組みについては、結局のところ既存の検定試験を認定するだけの「高校生のための学びの基礎診断」の仕組みに矮小化され、中間層以下の高校生の学力を評価し担保するためのインフラ作りは手付かずのままです。最近公表された調査研究(山村滋/濱中淳子/立脇洋介『大学入試改革は高校生の学習行動を変えるか』)でも、近年の入試改革は、ほんの一部の高校生にしか影響を与えていないことが報告されています。
<参考記事「2020年度の大学入試改革 高校生「学習離れ」防げず」日本経済新聞2019/8/12
 日本の高大接続(入学者選抜方法)は、諸外国では当たり前のインフラを欠いたままに、一部の入試機能だけが肥大化する独特なスタイルを作り上げてきました。今回の改革で取り残された課題を見極め、各大学において本当に適切な入試の在り方をデザインするための視点を考えてみたいと思います。

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↑当日の発表スライドと配布資料の一部↑


<会報『Big Egg』(2019/11/7)収録のまとめ>


 2014年から2018年度まで、桜美林大学大学院の大学アドミニストレーション研究科で非常勤講師として担当した授業「大学アドミッション」で取り扱っていた内容が、今回の問題提起の柱となっています。そのポイントは、世界的な高大接続の仕組みを比較して見ると、現在問題となっている日本の大学入試改革の根本的な問題点は、とても的外れな施策に汲々としているという点です。

1.世界的に見て独特な日本の高大接続
 世界の国々の高大接続の仕組みを比較すると、いくつかのパターンに分類することができます。まず1つ目は「統一入試型」です。これは、中国、韓国、台湾がその典型的な国々ですが、基本的に個々の大学が実施する試験は無く、国家的な統一試験が行われ、基本的にすべての大学進学希望者がこれを受験する構造です。 中国は 「高考」(全国普通高等学校招生入学考試)、韓国は「修能」(大学修学能力試験)、台湾では「学測」(大学学科能力測験)と呼ばれます。もちろんこれらの国々でも、こうした統一試験以外の選抜方法が、一部では導入されて来てはいます。その主な例は韓国の入学査定官制度で、アメリカの大学のアドミッションオフィスによる入学者選抜を模した方法が(入学査定官という新たな職種が大学に導入されて)行われるようになり、現在では、進学ルートのかなりの割合を占めるようにはなっています。ただ基本的には、大学個別の筆記試験でなく統一試験によって選抜が行われることが特色で、かつての官吏登用試験「科挙」の伝統を引く次ぐようなイメージです。

 2つ目は「中等教育修了資格試験型」です。これらの国々では、中等教育(高校)の修了資格試験が統一的に制度化され、それが大学入試の機能も兼ねています。ヨーロッパ諸国やその影響を強く受けた旧植民地諸国に多くみられ、英国のAレベル、フランスのバカロレア、ドイツのアビトゥア、香港のHKDSE等が、こうした各国の中等教育カリキュラムに結び付いた修了資格試験です。近年注目を浴びている国際バカロレア(IB Diploma)は、認定を受けたインターナショナルスクールの最終2学年のカリキュラムによる内部評価と最終試験の組み合わせによる資格試験であり、このタイプの修了資格試験と同等に評価されます。これらの国々では中等教育の修了水準が比較的高いものと認識されており、同等の修了資格試験の存在しない国々(含む日本)の中等教育修了者に対しては、1年程度の予備課程の学修が求められます。

 3つ目はアメリカ型で、アドミッション・オフィスの専門職員による書類審査が基本となるものです。アメリカでは2つ目の国々のような国家や州レベルでの中等教育修了資格試験制度は形成されず、また1つ目の国々のような統一試験もありません。20世紀の初めまでは、入試を行う大学では個別に試験を実施していましたが、それ以降は国土や高等教育の規模の拡大と軌を一にするかのようにアドミッション・オフィスによる選抜方式が普及します。SAT(1926年〜)やACT(1995年〜)といった標準テスト(複数回受験可能)は、こうした書類審査の材料として民間団体により開発実施されてきたもので、留学生の英語力を評価するTOEFL(1964年〜)も同様です。この他、高校からの成績や推薦状、本人のエッセイ、面接記録(事前に適宜行うが必ずしも必須ではない)などを、アドミッション・オフィサーが総合的に判断して選抜します。また高大接続のもう一つのルートとして、オープン・アドミッション(無試験入学制)のコミュニティカレッジ(公立短期大学)に入学し、入学後のアセスメントテストの成績に応じて高校補修レベルの授業から学修を積み上げて4年制大学へと編入学するルートも広く存在します。なお、アメリカやカナダの大学では、国際バカロレアなどの水準の高い中等教育修了資格を持つ入学者に対しては、その成績に応じて大学レベルの既修得単位を認定することも一般的です。

 日本はというと、「大学入試センター試験」があり、1つ目のタイプに似ているような感じもありますが、基本的には個々の大学が独自の試験を行い「大学入試センター試験」は部分的な役割を担うだけです。また2つ目の中等教育修了資格試験型の国々のような、中等教育の達成度を包括的に測定するインフラはありません。そして3つ目のアメリカと比較しても、専門職としてのアドミッション・オフィサーは(韓国では着実に導入されてきているが)制度化・実質化しておらず、SATやACTのような標準テストも無いなど環境が大きく異なり、きわめて独特なものなのです。
 
2.結局中途半端な日本の高大接続改革
 諸外国のような中等教育の達成度を測る制度の無い中で、わが国は受験競争の圧力によって高大接続のための学力担保が図られてきました。しかし少子化による高校や大学への全入時代になり、また高等学校の教育課程の多様化と大学の選抜機能の低下によって高校での基礎的教科科目の普遍的履修と学力の担保が機能しなくなりました。こうした問題意識により、かつて「高大接続テスト」という構想が、国立大学協会や私立大学連盟での議論の中から生まれ、中央教育審議会の「学士課程答申」(2008年12月)や文部科学省の委託事業(2008年10月〜2010年9月)の中で提唱されました。大学入試センター試験は、基本的には各大学が選抜の資料として利用するための集団準拠型の試験であり、これを全ての高校生の基礎学力の達成度を測定するために利用するのは無理があり、これとは別に目標準拠型の試験を新たに作ることが提唱されたのです。この考え方は、教育再生実行会議の第4次提言(2013年10月)では「達成度テスト(発展レベル)」に対する「達成度テスト(基礎レベル)」として、中央教育審議会の「高大接続改革答申」(2014年12月)の段階では「大学入学希望者学力評価テスト」に対する「高等学校基礎学力テスト」として構想されていましたが、最終的に導入された「高校生のための学びの基礎診断」は、全国共通の試験ではなく、一定の要件を満たした民間試験等を認定するというものであり、喫緊の課題となっている高等学校における基礎的教科・科目の普遍的な学習の担保には、あまりにも不十分な仕組みです。

 大学入試センター試験は、ある程度の選抜性を有する大学が、受験生の集団の中から合格者を選抜するための資料として完成度の高いものであり、大学進学者の半分ほどは受験する試験ではありますが、これに手を加える事によって様々な教育課題を解決しようとするのは中途半端で無理が重なります。例えば2006年度からリスニング試験が導入されましたが、この実施負担の重さは尋常なものではありません。試験時間の約9%、素点ベースの配点で約5%に過ぎないリスニング試験の、マニュアル(監督要領)に占めるページ数の割合は約38%にもなり、従事者がこれに割く注意力は、リスニング試験以外の部分とほぼ同じくらいの感覚になります。現在大きな問題となっている英語4技能評価に繋がる施策だった訳ですが、公平公正な実施に最大限の注意を払わなくてはならないセンター試験において、あれだけの労力を割く意味があるのか、非常に疑わしいものがあります。英語を聞く力の評価、4技能の育成という目的(これ自体が英語学習の観点から適切かどうかはさておき)の達成の為には、センター試験の良さを棄損するような中途半端な改変を加える事ではなく、他の適切な方法を考えるべきでしょう。最初に指摘したように、我が国の高大接続の構造の中で、センター試験はその一部の機能(集団準拠型の選抜資料の提供)を担っているにすぎません。そしてその機能の為には(リスニング試験導入以前の段階で)完成度の高いものであり、これに手を加える事は往々にして的外れであり、場合によっては害悪をもたらす事になります。

 2021年度大学入試改革への混乱をめぐっては、現場の大学人としての責任を感じます。リスニング試験の導入に見られる的外れな施策に対して、たとえ直接的な権限が無くとも、きちんと違和感を表明し問題点を指摘するべきでした。リスニング試験の導入をはじめとするセンター試験の問題については、何度か裏巻頭言に書きましたが、高橋さんにも働きかけて月例会で徹底的に取り上げるなど、もっと出来ることがあったはずです。

3. 高校生を“その気”にさせる大学への道筋を、いかに“デザイン”するか
 2012年4月から3年間にわたって首都圏の公立高校(地元で1番手とみなされる進学校4校、3〜4番手ほどに位置付けられる中堅進学校6校)の生徒約3300人を対象とした追跡調査による研究(山村 滋/濱中 淳子/立脇 洋介『大学入試改革は高校生の学習行動を変えるのか』)も、“入試改革”は一部の進学校の生徒にしか影響を与えておらず、多くの高校生の学習行動の活性化には結び付いていないことが示唆されています。

 中間層の高校生の学力達成度を把握する標準テストといった、伝統的な入試以外のインフラを欠いたままの環境の中で、各大学はそれぞれの立ち位置の中から、入学してくる高校生をその気にさせる仕組みを考えていかなければなりません。たとえば推薦入試(特に指定校制)は、高校と大学の信頼をベースにし、わが国における入試の一つの知恵ではあります。安易な運用による問題も指摘されてはいますが、丁寧な入学者の追跡調査と高校へのフィードバック、客観性の担保のために資格試験の要件を組み合わせたりする事で、良いものにすることが出来ます。またとかく批判されがちな1点刻みの一発勝負ですが、限られた時間の中で選抜するうえでは、選抜する大学にとっても選抜される受験生にとっても納得しやすい方法あり、ある程度の競争性がある場合には、合理的に取り入れるべきなのです。当面は決定打が見当たらず、ほどほどの施策をうまく組み合わせていくしかない中で、高大接続の大きな構造と自分の大学のミクロな環境との関係を把握する大局観を養っていく事が大切です。

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posted by N.IDEMITSU at 22:00| 高等教育論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年10月01日